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2026.08.14

待つことも、立派な介護

「待つことも、立派な介護」

介護の仕事をしていると、ついつい手を出したくなる。

服を着るのに時間がかかっている。
立ち上がるのに時間がかかっている。
食事がなかなか進まない。

見ているこっちは、

「やった方が早い」

と思ってしまう。

確かに、俺たちがやれば早い。

でも俺は、そこで一回考えたい。

その「早さ」は、誰のためなんやろう。

職員が早く仕事を終わらせるためなのか。

それとも、その人が自分の力で生活するためなのか。


手伝うことだけが介護じゃない

介護というと、

「できないことをやってあげる仕事」

と思われることがある。

俺は少し違うと思っている。

その人ができることなら、できるだけ自分でやってもらう。

時間がかかってもいい。

途中で止まってもいい。

失敗したっていい。

必要になった時に、俺たちが手を貸せばいい。

何でも先回りしてやってしまうことが、本当に優しい介護とは限らない。


「待つ」には勇気がいる

実際の介護現場では、待つことは簡単じゃない。

次の仕事もある。
他の利用者さんもいる。
時間にも追われる。

だから、手を出した方が楽な場面はたくさんある。

それでも、

「この人なら、もう少しできるかもしれない」

そう思って数十秒待ってみる。

すると、自分でボタンを留められた。

自分で立ち上がれた。

自分で最後まで食べられた。

その瞬間の「できた」は、職員が代わりにやってしまったら生まれない。


できることまで奪わない

高齢になれば、できないことは少しずつ増えていく。

だからこそ俺たちは、

できなくなったことだけを見るんじゃなく、まだできることを見つけたい。

そして、その力をできるだけ長く使ってもらいたい。

手を貸すことも介護。

支えることも介護。

そして時には、

あえて手を出さずに待つことも介護。

何もしないのとは違う。

その人を見て、その人の力を信じて待っている。

それも立派な支援やと、俺は思う。


今日の言霊

「待つことも、立派な介護や。」

早くやることより、大切なことがある。

その人の「できる」を、俺たちの都合で奪わない。

手を出さない勇気も、介護には必要や。